RDP中部から「脱放射能ネットワーク中部」へ経緯

残念ながら、現在RDP中部は、木下黄太の完全に乗っ取られています。4人いた管理人は、全て木下黄太によって削除され、彼一人管理人として、意見が合わない人は、ネット抹殺されています。多くの人はこのことに気付いていますので、投稿等の動きはほとんどありません。木下黄太は全くの「裸の王様」だと言う事に、本人は気付いていない。寂しい事です。
今では、この活動団体や個人などは、facebook「脱放射能ネットワーク中部」に移行し、下記の理念に基づいて活発な動きとなっています。



私は、放射能防御プロジェクト中部の管理人として2011/6から立ち上げから関わると共に、実際にface to faceでの情報交換やゲスト講師を招いて勉強会をおこなう「交流会」を「世話人」として行ってきました。昨年6月から一年間、毎月一回の交流会を欠かさず実施してきたことは、他の各地域の放射能防御プロジェクトにはない、画期的な動きであったと私たちRDP中部世話役は自負しております。

これはネットだけの顔の見えない関係ではなく、顔が見え心が触れ合う信頼関係が構築できたとても実のある場でした。毎月の交流会には、木下さんだけでなく地元の原発問題、産廃問題など活動をされている方々を講師として、勉強を重ねてきました。また4月には谷岡くに子参議院議員に来ていただき、「自主避難を認める法律」いわゆる「こども被災者支援法」に関する画期的な取り組みをいち早く伺ったことは、とても心強いものでした。

みなさんが共に顔を合わせて交流が出来る機会は、実際とても重要で、また信頼関係が生まれる場となり、本当に嬉しく思っています。誰かに頼まれた訳でもなく、放射能汚染問題を何とかしたい、命を守りたいと思う皆さん一人ひとりの気持ちが集まることは、互いに同じ気持ちを共有し、「土壌汚染」「食品汚染」「給食問題」「避難者への対応」「現地への支援」そして「脱原発」などなど、脱放射能問題への気持ちの集合体でもありました。

そして、このような会の信頼関係から、昨三月には「汚染瓦礫拡散処理問題」に対する具体的な行動として、「公開質問状」を提出しました。その後、会の仲間達が様々な角度から行政体や議員に足を運び、会って説明をし、その結果「愛知県の瓦礫受け入れ断念」にまで追い込んだ事は、RDP中部の参加者、閲覧者なら誰もがご存知のことです。そして、何よりも会の運営方針を、誰もが自由に忌憚の無い意見を発言できる場を一番にめざしてきました。

私達が考える運営方針は、初期の段階から以下の通り変わりません。
☆「放射能防御プロジェクトは、本部支部という上下関係の組織構造ではなく、全国的な緩やかな地域市民グループの集合体であり、原発問題や放射能問題に対し共に情報と知識を共有し行動してゆく「独立した個々人の集合体」だと理解しています。
リーダーも指導者も存在しないが、目覚めた個々人の集合智において「脱原発」「脱放射能」を実現してゆく「フラットな意識体」だと理解しています。放射能防御プロジェクト中部は、今後も、自由闊達で忌憚のない発言の場であり、多くの方々と共に行動してゆきたいと願っています。」

今では、この活動団体や個人などは、facebook「脱放射能ネットワーク中部」に移行し、上記の理念に基づいて活発な動きとなっています。

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