木下黄太氏、講演会収支疑惑と火消しにまわる東海アマ!(アーカイブ)

木下黄太氏、講演会収支疑惑と火消しにまわる東海アマ!
http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/10/blog-post_26.html?spref=tw

それともうひとつは、木下さんのバンダジェフスキー講演による収支を明かさないという事実です。

不思議です。特に専門家講演会などは一人2万円も徴収しているのに、まったく収支報告がない会議というのを私は知りません。

しかも今年7月の講演会では、なぜか木下氏は私の会場での発言を阻もうとする行為が見られました。

「あれ、バンダジェフスキーさんは日本で食品の測定が行われているという事は知らなかったの?」と近くにいた医師と同じ、別に当り障りのない発言を繰り返しただけで、木下さんは、

「竹野内さん、ちょっと」と私の手を突然引いて廊下に連れていき、以下のセリフを言いました。

「竹野内さん、とにかく会場でああいう発言は控えてください。僕は本当にこの公演を大変な思いでやっている。財政的にも大変です。通訳の料金なんて、バンダの講演料以上にかかる。大変なんだ。」と言うために、私を廊下にわざわざ呼び出したのです。
(それは当日、ずっと一緒にいた堀内良彦氏も見ている)

でもそれはおかしいです。

1日2万円のセミナー代、少なくとも東京は60人いて、京都では100人近くだという。だとすると、合計300万の収入があり、通訳の相場は、一日セミナーでせいぜいどんなに多くとも、10~20万の間でしょう。

少なくともバンダより通訳代が多くなることはあり得ない。
そうさせるべきでもない。

そして通訳代の常識的な相場を見れば、これで赤字が出るはずがないのです。

それで松田まゆみさんという方も、こちらのブログで謎の収支についてきちんと書いている。

http://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/2013-5e34.html

ここでもう一度、東海アマ氏が出てくるんですが、不思議なことに、東海アマ氏は、根拠もなく、ツイッターで、

「木下氏が金儲けをしているという人がいるが、とんでもない。彼も自腹で数百万円も使っているに違いない。」

と、根拠もなく、木下氏の収支疑惑について火消しに回っているのです!

私は10月25日に東海アマ氏から、海渡雄一弁護士に対する疑問には再三にわたり聞いても一切答えず、私の性格が攻撃であるから、これ以上ものを申さないと誤魔化しています。

私は10月25日以来、東海アマ氏は工作員であり、アマ氏が根拠なく火消しに走る、木下氏収支疑惑も、かなり怪しい、信ぴょう性の高いものではないかと考えるようになりました。

******

4.木下氏、竹野内の発言をなぜか遮り、情報拡散しないの巻

バンダの東京専門家セミナー当日、木下氏はなぜか私に発言をさせないようにとものすごく気を配っていた感じがしました。ずっと手を上げ続けていたが、わざととしか思えないほど、なかなかささませんでした。そして会の最後の一人でやっと指名されました。

この時の私の発言は以下です。
http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/07/721.html

「先ほど話題に出ていた東大のWBC研究員の一人、坪倉氏とは直接お話しし、氏は「バンダジェフスキー論文を読んで実は困っている。福島の食品はすべて検査すべきだが、剣先も足りないし」と私にいい、坪倉氏のブログでも「10Bq/kgから心電図に異常が出る」と書いています。それなのに、その後に発表した米国医師会向けの論文では、それ以上の数値が福島で出ているのに、安全だと言っている。東大の学者らは知っているのです!ですが、知らないふりをしています。つまり、東大は、確信犯なのです!」

ここまで言ったら、会場にいた二人の男女が私のセリフを大声で遮る形で、「まだ質問があります!」と立ち上がりました。これを木下氏は制止することなく、私の発言は途切れました。

これについて、同席していた堀内良彦氏が、私のために木下氏に会が終わった後に、怒鳴りつけています。

「木下さん、竹野内さんに対してどうしてああいう態度をとるんだ!」と。

一応、そこでけんかになってもいけないので、「私の発言を制止したのは向こうにいた男女だから」、と私は堀内さんをなだめた。

その問題の男女は私にその後、「先ほどはすみませんでした」と謝っています。そのくらいあからさまな妨害でした。

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さて、もう一つ解せないのが、バンダを日本に呼んだことは当然、彼の情報を広げ、日本における進行中の被曝問題をなんとかするという大義があるはずなのだが、なぜか木下氏には、広げようという意思が欠けているような気がならないのです。

例えば、私はバンダ講演会に合わせ、PCを持っていき、講演録を翌日に公開、これは非常に重宝がられ、拡散されましたが、木下氏はひたすら無視していました。

http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/07/721.html

なぜなのだろう。木下氏は、被曝から母子を守ろうという気概はないのでしょうか?

そういう疑問を、きちんと松田まゆみさんは以下の鬼蜘蛛おばさんの疑問箱というブログで書いています。

http://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-ece8.html

それともうひとつ不思議なのは、木下氏は、講演会その他の会合で一緒になった医師らとの連絡先を集め、MLをやっていらっしゃるのですが、このMLに私も参加させてくださいと、1年くらい前に3回くらいお願いしたのですが、お願いするたびに「もちろん!」と言ってくれたのですが、ついぞ入れてもらえたことがありません。

バンダジェフスキー博士がせっかく来ても、やる気のある専門家が木下さんを通してつないでもらうのではなく、なんだかバンダが木下さんに囲い込まれてしまっているような気がしてなりません。。。

それで、今までの経緯から、「今回専門家セミナーへの参加も、もしかしてはじかれるのではないかと実は恐れながら申し込んだ私」でした。(行けてよかったですが)

*木下氏、矢ケ崎克馬氏、鎌仲ひとみ氏もちょっと不思議?

実は2012年に沖縄でバンダの講演会があった時も木下氏の行動は不思議でした。

実は木下氏は、2011年の夏の時点に私が「セシウム汚染から母子を守れ」という動画http://www.ustream.tv/recorded/16426136に出演し、自分の訳書やバズビー博士やバンダジェフスキーの引用をしていたのを見て、私にこう言っていました。

(私は既にバンダの下訳を久保田護先生から取り寄せ、日本医師会その他に、要約を送りつけていた。)

「竹野内さん、僕は今内部被曝問題で一番頼りになるのは、僕と野呂美加さん、そして竹野内さんの3人だと思う。矢ケ崎先生もお年出し、十分ではない。竹野内さんの方が上だ。」

まあずいぶん褒められたものだと思いながら、悪い気はしない。

木下氏とは、その後も時々、電話で会話をすることもありました。

そして2012年3月にバンダジェフスキーが沖縄にくるという時に、私は木下氏に「必ずバンダジェフスキーに会わせてください」とお願いしており、氏も「もちろんです」と返事してくれていたが、それは無視されました。

結局沖縄での講演会で、バンダジェフスキーに、講演会の壇上で「ゲストスピーカー」として質問をしたのは、矢ケ崎先生でした。

私はまったくバンダジェフスキーに会うことすらもできませんでした。

バンダには、矢ケ崎氏のほかに、もちろん準備に携わるもろもろの人も会うことができていました。ところが、木下氏に約束していた私には会わせてもらえなかったのです。

(私は自分で言うのもなんですが、バンダの情報を久保田先生の下訳の時から拡散していたのに。そして週刊金曜日にもきちんとした記事を書いていたのに。そして木下氏は矢ケ崎先生よりも私を評価していると私に言っていたのに)

余談ですが、その後、矢ケ崎先生は、みんなのカルテのYasutomo氏のごとく、肥田舜太郎著『内部被曝』の増刷を停止させました。ゴーストライターの本文に言いがかりをつけ、強引にストップさせたのです。

(自分で言うのはなんですが、私は福島の人々に避難を即す、渾身の「あとがき」を書いていて、本当に福島の人に広めたいと考えていました。)

もっとも、この件で第一声を挙げたのが、六ヶ所村ラプソディーの映画を作った鎌仲ひとみ氏でした。私に突然電話があり、「なんであんな間違いだらけの本の出版を、内部被曝に詳しい竹野内さんがいながら許したのか!?」と。

そして「ゴーストライターの書いた本文は、肥田先生の名誉に泥を塗る!」と、矢ケ崎氏と同じ理由で、郡山市のジュンク堂でベスト10入りしたタイミングで、出版停止を命じたのです。

さらなる被曝しつつある福島の人々を逃がすのが、最も緊急の課題であるのに、なぜそのような大目的に比べれば、くだらない理由で、妨害するのか、私には全く分かりませんでした。

しかも鎌仲氏は事故前から顔見知りで、尊敬していた人であり、親切にも私の息子が生まれた時には、家に「鈴のおもちゃ」を送ってくれていました。

『内部被曝』のあとがきには、私と息子が3月15日に東京で被曝をし、発熱を繰り返すなど、かなりの体調悪化が出たことも描いていたのに、鎌仲氏の第一声が「なんであんな本を出したのか!」という喧嘩腰の電話に本当に驚きました。

私への非難の電話の会話の本当に最後の方で、鎌仲氏は「竹野内さんのあとがきは、本当に素晴らしかった。体に気を付けて」と付け加えてはいたもの、私の疑問と後味の悪さはどうにも消えませんでした。

矢ケ崎氏と鎌仲氏の勢いに押され、私は、その後、かなりの時間をかけて、ゴーストライターの書いた本文を書きなおすことになりました。

しかし、時間をかけていくうちに、やはり真意がどうしてもわからず、それまでとても信頼していた人々だったので、本当にショックを受けて悲しかったです。

しかもこの『内部被曝』の出版の時期、私は本当に経済的に困窮しており、来月の家賃も払えなくなるような状態でした。そしてお金を貸してくれる人もいないし、私からも誰にも頼みませんでした。

矢ケ崎先生の奥様経由で、福島の方が、「被災者にボランティアでお弁当を配る沖縄の親切なお弁当屋さん」にわざわざ私の家に一日一回、お弁当を手配しくれたくらいでした。

だから矢ケ崎先生も当然、私の生活困窮を知っていたのに、なぜこのようなことをするのかと、「私と当時2歳の息子が飢え死にしてもいいのか」と、本当に悲しく、疑問を持ちました。本当に、生活が懸かっていましたから。そのくらい、『内部被曝』の本の出版は、私にとっては生活を続ける切り札でもありました。

一度、矢ケ崎先生は、私に「竹野内さんがそんなに生活に困っているのなら、そのまま出版を続けてもいいかな」とつぶやいたことがありましたが、その直後に、出版社に「増刷停止」をものすごい勢いで求めるメールを出しました。私は証拠のメールも持っています。

今から考えてもありえない出来事でした。

(その後、危機から脱しました。なんと3.11登記日の、都内に私が自分と息子のため、全貯金をはたいて購入した小さな小さなワンルーム格安マンションが売れたからです。しかし元からすごい安かったのに、1泊もしないうちに3.11発生、150万円も値下がりしました!涙。。東電め!今は沖縄で安い賃貸アパートを借りながら、活動中です。翻訳本の印税がほとんど入らない中、出ていく一方なので、皆さんにカンパをお願いしています。)

そして、3.11後に出来上がった内部被曝研究会も、結局崩壊しました。内部の数人から伺った理由の一つは、代表の一人の矢ケ崎氏が、他の人々の文書にいちいち難癖をつけ、活動が進まないという理由でした。私の受けた被害と同じことが行われていたようでした。

このように、反原発・反被曝団体には、必ずおかしな人が入り込みます。しかもいい人のふりをした弁護士や大学教授、医師などの肩書を持った人々が、権力側のみならず、反権力側の組織でも、一般の人々の活動を妨害します。

私はそれを身をもって体験してきました。

だから私は一般の良心ある人々を頼りにします。

私たちは権力側の権威にも、市民側の権威にも、絶対に騙されてはならない。本当にそう思っています。

*************

あともう一つ余談ですが、木下氏の不思議な言動。

私に初めて会った時から木下氏は、私のことをなぜか「竹野内さんは思想家だ」と呼んでいます。そして怪しげな@lllpuplll という人物が今、しきりに「竹野内真理先生は『思想家』です」(木下黄太) というツイートを拡散してます。もしかして、私を思想犯に仕立てようとしている?

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